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21 2010 / 05
薬組の過去小話。
といっても掘り下げではなく出来事の記録的なものですが。

一応流血表現と、ポロリがあるので苦手な方はご注意ください。


一般的に使われている旅の道には、中継地点となる場所が多々ある。
モンスターの少ない場所であれば商いをしている人々が居たりするが、モンスターが多かったり厳しい環境の場合、山小屋のように建物だけがあることも多い。それでも野宿をするよりはずっと精神的に休まるため、旅人や冒険者には重宝されている。
だがそのような場所は山賊やモンスターの住処になり易いため、利用の際には十分な注意が必要である。

最も、選択肢のない設問も旅路にはよくあることだが。

「で、ここには何かあるのかな?」
「ざっと見た限りでは特に危険はなさそうですが」
「仮に何かあったとして、戻れるわけもないがな」
ずぶ濡れになったスカートの裾を絞りながら、メリッサは嘆息した。ちらりと今しがたくぐった洞穴の入り口から外を見やると、荒れ狂う濁流とバケツをひっくり返したような雨が見えた。
「いっそのこと、流されれば良かったかもな。直ぐにこんな場所抜けられるぞ」
「その前に岩にぶち当たって魂が抜けちゃいますよ」
苦笑しつつ、アップルフィールドは被っていたフードを外し二重合わせを脱ぐ。水を吸ったコートは鈍い音と共に床に落ちた。
「先客が居るな」
濡れた羽織もそのままに、ジョウガは洞窟の奥を見据える。
日暮れの薄闇と土砂降りの雨音にまぎれるようにしていた人影が幾つか、ジョウガの言葉に反応するようにうごめき、そして意を決したように魔術の明かりを灯した。
明かりが映し出したのは、学者風の一団だった。ここいらの地域の昼間の強い日差しと夜の冷え込みを防ぐ毛織の厚い外套をし、野営用の装備と学術調査用の装備と思しき荷物。他の者はただの学者のようだったが、明かりを持つ男は触媒となっているのであろう魔術書を携えていた。
「あなた方は…?」
恐る恐るという風に、男は尋ねてきた。彼らの疑問はその一点だろう。ジョウガ自身も、自分達が外からどのように映るのかは重々承知している。
よからぬ事を考えて目を細めているであろうメリッサを制し、ジョウガは静かに告げた。
「私達は冒険者だ。山賊の類ではない。この雨が止むまで、ここの屋根を貸して欲しい―――――信用できぬと言うなら、入り口でも奥でも離れていよう。どうか、あまりおびえないでほしい」
「冒険者の方…ですか? なるほど、それで年齢がまちまちなのですね。少し、不思議に思えたので…」
「私としてはこいつらが学者なのかの方が怪しいもんだがな。今は武装が見えないだけで、戦えないとも限らない。ジョウガも気付いているんだろう? 奥の方から死臭がする。人の血の臭いもな」
困ったような笑顔を向ける魔術師の男に、メリッサはつまらなそうに言い放った。
学者団が指摘にぎょっとし、ざわめいているのを見ながらジョウガはため息を吐く。
「メリッサ、」
「やつらが疑ってくるなら、こちらにも疑う権利はあるはずだ。こんな洞窟に人の死体、しかもこの臭いだと複数人居るだろうよ。それについて、こちらが納得できる言い訳はあるのか?」
「誓って、我々ではありません! この時期、この地域は魔物がほとんど出ないので護衛役は私だけなのです。他の者は魔術も剣技も扱えません。雨が来る前に帰る予定がこんなことになってしまい、仕方なく雨宿りをしていたら……その…」
「この女の言う事は気にしないでくれ。あんた達が戦えないことくらい、見れば解る。…それで、口ぶりからすると奥の人間は此処に来てから死んだようだが何があったんだ?」
「それは…」
「言い淀むってことはお前達がやったって事なんじゃないのか? もしくは、“お前達のうちの誰かがやったと思っている”のか」
「違います! ―――――解らないんです。我々がやったのではない。でも、誰がやったのか…“どうやったらあんな風に殺せるのか”、解らないんです」
他殺であると断言した魔術師の男の口調にアップルフィールドが首を傾げる。
「よろしければ何があったのか、詳しく教えていただけますか? こう見えても僕達はそれなりに腕に覚えがあります。物騒なことなら何か解るかも知れません」
「…わかりました。お話します」
まだざわめいていた後ろの者達をいさめ、魔術師の男は頷いた。
「私はラビスと申します。あなた方は?」
「ジョウガだ。この女はメリッサ。そしてこの子はアップルフィールドという」
「ジョウガさんにメリッサさんにアップルフィールド君。こちらに、ついてきて下さい。遺体のところへご案内します」
ラビスは軽く会釈をすると、魔術の灯火をかざしながら洞窟の奥へと歩き出した。


入り口の辺りの様子から予想していたことだが、この洞窟は人為的なものらしい。学者団はこの周囲の地質調査をする団体だとラビスは説明した。
「ご存知かも知れませんが、この地域は乾期と雨期の差が激しい。こんな場所にわざわざ住居を構え住んでいた民族が、どうやって生きていけたのか。我々はそれを調べているのです」
乾期は一面岩と砂に覆われ、雨期には大雨と洪水の如き激流がおこる。それでも人が居たということは、説明を聞きながら歩くこの洞窟の様子からわかった。平らに整えられた床に松明の毒が抜けるように等間隔で空気穴らしきものが開いている天井。ところどころ天然の岩らしき要素が見えるあたりは、元々あった洞窟を整備して使っていたということだろう。
雨期の激しい雨の前には、この辺りに生息しているモンスターも姿を現さなくなる。だからこそジョウガ達もこの渓谷を越えて隣の街へ向かう道に、ここを選んだのだ。学者達も同じ考えで雨期前にここに来たが、予想以上に雨が来るのが早く、洞窟に取り残されたということだった。
「元よりこのようなことに備えて装備は整えてありました。雨季の雨は周期的で、長くても10日ほどで一度止み、その後数日置いてまた降り始めます。この雨が止むまで保てば問題なく帰還できると思っていたのですが…」
ラビスが一旦口をつぐんだ。そして一息飲み込んでから、続ける。
「長い雨ですから、何もしないよりは洞窟に居るから調査をしようと提案がありましてね。入り口に近い場所に本拠地を置いて数人が交代で番をし、他の者が洞窟内を見て回ることにしたんです。調査組も二手に別れ、この階と地下の階を手分けして調査していたところ、地下から悲鳴が聞こえて…」
「あんたはこの階に居たのか?」
「はい。一応私が責任者ですから、拠点と調査地の中間に居るほうがいいと判断しました。悲鳴が聞こえて、私と一緒に居た者が急いで地下への階段へ向かうと、階段から血まみれになった仲間が這い上がってきたんです。彼は地下には行くなと言い残し、息を引き取りました」
道が少し開けたところで、ラビスは立ち止まった。魔術の灯火を大きくし、天井付近に固定させる。人が5人は集まれる程度の広場には、地下へと続く階段がある穴と、その傍らに外套を掛けられた人が二人、横たわっていた。
「今の話だと上がってきたのは一人だったな。このもう一人は?」
「警告を受けましたが、地下に引き取りに行きました。私と、もう一人で。危険だとは思いましたが、それでもほうって置けなくて」
ジョウガは小さく黙祷をしてから、遺体に掛けられた外套を剥いだ。そして現れた姿に息を飲む。
死体には身体中に無数の穴が開いていた。5mmほどの穴が全身に。服にも開いているところを見ると、衣服の上から穴が開いたと考えるのが妥当だろう。
「死体を引き取りに地下に行った時、飛び道具が出るような仕掛けは見なかったか?」
「い、いえ…そのようなものは見ませんでした。銃声のようなものも聞こえませんでしたし…洞窟なら音は響くでしょう。それに、飛び道具なら矢や飛礫が残るはず」
「魔術の矢―――炎や光の矢なら道具は残らないぞ」
「魔術であれば大なり小なり魔力汚染があるはずでしょう。彼らにはそれがありません。魔術でなかったとしても、炎や光なら肉の焼ける臭いがするはずです」
小さく手を合わせてから、アップルフィールドは死者の手を取った。掌から手の甲へ、針の穴よりはやや大きく向こうの景色が見通せる貫通痕をまじまじと観察する。穴の部分が“削り取られたような”傷だった。自然に出来たとは思いにくい。
「音も弾も魔力汚染も残さずに人を穴だらけにする方法なんて、聞いたこと無いぞ」
「正確に急所を狙えるならもうちょっと有用でしょうけどね。これを見るに命中精度という単語は無縁そうですね。その分の手数なのかも知れませんが。下の様子も見ておきましょうか」
「そうだな。…ということで俺達は地下に行く。あんたは無理についてこなくても構わない」
外套を遺体に掛け戻し、ジョウガは一歩引いたところで眺めていたラビスに呼びかけた。仲間の惨状を再び見たからか惨殺体を前に平然としている妙齢の女や幼子に引いているのか、やや顔色を悪くしたラビスは、それでも気丈に「ついて行きます」と応える。
「じゃあ、念のため灯りを増やしましょう」
アップルフィールドがエメラルドの杖を振ると、灯火用の光球が出現した。
2つの灯りを頼りに、4人は血の跡の残る階段を下りていった。


地下の通路は上階以上に人工的な造りをしていた。岩のままの造形はほとんどなく、普通の建物と同じような直線で構成された廊下に、横に分かれるように小部屋が幾つも並んでいる。そして時折、廊下をそのまま広げたような広場があった。
「元からあった洞穴改造したとして、どれだけかかるんだ、これ。住むだけなら上のやつでも十分だろうに」
「宗教的な意味合いでもあったのでしょう。そうでもなきゃこんなに装飾的にはしませんよ」
偉大なるものに倣う事、偉大なるものを飾る事は世界中何処にでも見受けられる人の習性だ。広場の床石を見ながら、アップルフィールドは楽しそうに言う。足元には綺麗に磨かれた複数の色の石で作られた幾何学的なモザイクがあった。
そしてそのモザイクを覆うように、血溜まりが広がっている。よほどもがいたのだろう、血溜まりは均一には広がっておらず、ところどころ飛び散ったように、塗りたくったように延び、床をかきむしったような跡も見える。少し離れたところには血を浴びて消えた松明が落ちていた。
「確かに壁に怪しい仕掛けは無いな。天井も、それっぽいものは見えないし…ジョウガ?」
「いや、」
血痕を眺めて押し黙るジョウガに、壁を見ていたメリッサは呼びかけた。それに応えようとして一旦止め、何事か考えてからジョウガはまた口を動かす。
「案外と、“長く生きていたようだな”。あの傷ではすぐさま死んでもおかしくないように思ったのだが」
「そりゃそうだろう。一人はここで死んだだろうが、もう一人は自力で地下から出てきてるんだ。一本道だが死にかけの体が往くにはそれなりの距離がある。当たりどこが悪かったとしても、もがく時間は十分だろうよ」
「そう言われればそうか。―――――殺す目的ではないのか?」
「あれで死なないと思うか?」
話し合う二人の横で、アップルフィールドは壁と床の境を見ていた。壁のごく低い位置、10cm程の高さだろうか、うっすらと白い線があった。岩の質ではなく、表面に付着しているもののようだ。床にも、灯火をかざして見ると白っぽいものがきらきらと光を反射しているのが判る。
アップルフィールドは床に指を置いて、そっと表面を撫でる。指先に付いた粉を見、ポツリと呟いた。
「なるほど、“増殖の地”…」
「どうしたアップルフィールド?」
「いいえ。この床の模様、魚の鱗に似ていると思いませんか?」
「言われてみれば見えなくもないな。でもこんなパターンは魚鱗以外にもあるだろう。ジョウガのとこだと青海波とか云うんだったな」
「そうだな。波の模様の意だが…ここの立地だと地層か鉱石を象ったものだと思うが」
雨期があるため全く水とは無縁ではないだろうが、曲線が描く水の様子は外を流れる激流とは程遠いものだ。水を象ったものだとは考え難い。
「あの外の様子じゃ生命を司る云々以前に、単純に水を崇め奉る思想は生まれんだろ。それこそ流されたら魂抜けてしまう」
「荒神や祟神というジャンルもありますよ」
「災禍を奉って治めるなんて思想的マイノリティ、基本が豊かで突発的災害にしか見舞われない地域限定だ。毎年毎月来るようなものには、積極的克服が必要になる。そのくらい精神的に強くないと生きてなど行けないだろう」
「どこぞで宗教学を修めていたか何かですか?」
「旅事が長くなると知識が横道に逸れることがあるんだ。あまり気にしないでくれ」
二人の会話に呆気にとられて尋ねてきたラビスに、ジョウガがやや疲れたように肩を落として返した。
と。一緒に落とした視線が、床ぎりぎりのところにある四角い穴を捉えた。大して大きくも無い穴だった。通気孔にしては位置が低すぎる。
「どうしましたか?」
しゃがみこんでいると、こちらの様子に気付いたアップルフィールドが近づいてきた。
アップルフィールドは穴を見ると、穴のある壁を数度叩いた。そして「向こう側に空間がある」と言う。
「この穴、僕なら通れますね。ちょっと見てきましょうか」
「君みたいな小さな子では危険ですよ!」
ラビスがすぐさま不安を示した。アップルフィールドは冒険者といえどまだ10を一つ二つ越えたくらいにしか見えない少年だ。心配するのも無理は無い。
ジョウガも止めようと口を開きかけたが、それよりも先にメリッサが口をはさむ。
「“危険だと思うか?”“アップルフィールドに?”」
「…それは、」
改めて言われると、いや、改めて言われなくても解りきっていることだった。
「危険だと判断したら直ぐに戻ってくるんだ。いいな?」
「はい。任せてください」
アップルフィールドは屈託の無い微笑みを浮かべ、応える。
魔術の灯火を残して、アップルフィールドは通気孔へと入っていった。 
「それじゃあ私達はどうする? 奥にでも進むか?」
「アップルフィールドが戻ってきた時に俺達が居ないでどうする」
「過保護め」
メリッサはつまらなそうに吐き捨てた。もう調べるべきものも無いのか、床の模様の目の数を数え始める。ジョウガも特にすることが無いので、通気孔近くの壁に背を預け、座り込んだ。
ラビスもしばらく広間内をうろうろとしていたが、することが無くなったらしくジョウガの近くに腰を下ろした。流石にメリッサに近づく気にはならないらしい。
「アップルフィールド君、大丈夫でしょうか」
「恐らく、想定し得るほぼ全ての心配は無意味だ。あの子は…そういうものだから」
「信頼してらっしゃるんですね」
「信頼…か」
我知らず、声に出して反芻していた。そんな理想的で美しいものではないと自然に浮かんだ自虐の笑みが、ラビスには別のものに映ったようだ。
体勢を変えるために床に手を置くと、ざらりとした感触が伝わってきた。掌を見ると、結晶のようなものが付いている。
「それ、塩だぞ。さっきアップルフィールドが見つけてたが」
「塩?」
模様を数えながらジョウガを見ていたメリッサが、答えた。
「何でこんなところに塩が…」
「ああ、ここの洞窟がある岩地には、下の方に塩を含んだ地層があるんです。どうやらこの岩地は雨期に降った雨が溜まる構造になっていて、ここに住んでいた人々はその水を使って乾期を乗り切っていたようです。その溜まった水には岩の塩分が溶け出しているので、水が溜まる階は塩まみれになっています」
「なるほど。雨期終わりにはこの階まで水が来るから、こんなに装飾的な訳だ」
ようやく模様を数え終わったメリッサがジョウガ達に近づいてくる。
その直後。
不意にアップルフィールドが残していった魔術の灯火が大きく揺らぎ、消えた。
「―――――っっ!!」
「どうした、メリッサっ!?」
「感応が、途切れた。アップルフィールドに何かあったらしい」
灯火が消えると同時にメリッサは左目を押さえて崩れ落ちた。ジョウガの疑問に答えながらどうにか立ち上がり、アップルフィールドの入っていった通気孔へと向かう。
「お前、何をするつもりだ」
「アップルフィールドのところへ行く。あれが魔術の集中を乱すなんて、よっぽどだ」
「どうやって…!」
ジョウガの呼びかけは、疑問ではなく非難の色を含んでいた。通気孔は子供のアップルフィールドがようやく通ることの出来る程度の大きさしかなく、メリッサでは通れるはずがない。“普通の人間では”。
メリッサに言ったところで当然止まるはずはなく、ジョウガは小さく舌打ちするとすぐさま刀を抜き払い、ラビスが灯していた魔術の灯火の“構成術式を断ち切った”。
「なっ…!? 何が…」
「落ち着け、先ずは灯りを点け直すんだ」
突然の暗闇に慌てるラビスに、ジョウガは冷静に告げる。暗闇の中でもうっすらとだが見通せる広間には、もうメリッサの姿は無かった。
(これで“見られてはいない”だろう。あとは…)
抜き払った刀を一旦収め、一瞬の間の後、気合すらなく広間の壁を斬った。もしも灯りが点いていたなら、ラビスは一閃の瞬間ジョウガの目に紅い光が宿っていたのが見えただろう。無闇に遺跡を壊すことは忍びないが、今は仕方が無い。
再び灯った魔術の灯火は、ちょうど崩れゆく壁を照らし出した。広間の壁を隔てた向こうは廊下だったようだ。光の届かぬ壁の向こうの暗がりからは、遠ざかっていく人の足音が聞こえる。
(どうやら二足歩行はしているようだな)
先ずそこに安心し、そして再びジョウガは気を引き締めた。メリッサの言う通り、この先にはアップルフィールドが灯火の魔術を保てなくなるほどの『何か』があるということだ。
「出来るだけ俺から離れないように…付いてきてくれ」
「は、はい。わかりました」
困惑しながら、だが確かに頷くラビスを認めてから、ジョウガはメリッサの後を追って走り出した。


通気孔をくぐったアップルフィールドは、明かりも灯さず廊下らしき通路を進んでいた。元より彼の目は光など無くても暗闇の大方を見通すことが出来る。そして、ある仮説を検証するためでもあった。
(広間の模様、あれは恐らく『水滴を象ったもの』だ)
この洞窟が地下に水を溜める構造であるということは前の町で知ったことだ。そしてその水には多量の塩分が溶け出していることも。
塩と水は生存条件に必要なものだが、ここの水の塩分濃度は明らかに過多だ。それでもこの水を使わねばならないのなら、蒸留して真水を精製する必要がある。つまりこの地域において生命を司る水は、蒸留され集まる水滴の形をしているのだ。
塩の出所に関してもあらかたの予想はついていた。モザイクに使われていた石の一部に、海洋生物と思しき化石が混じったものがあった。元々この岩地は海の底にあったのだろう。
そこまで思考を巡らせてから、アップルフィールドは立ち止まった。何の変哲も無い廊下の一区画。両脇にはところどころにあるものと同じような小部屋がある。
通気孔からはそれなりに深く入っていった場所だった。
「この辺りまで来れば大丈夫でしょうか」
ひとりごちる。呟いてみても、周囲に変化は無かった。
殺された二人の学者には、不可解な点が多かった。飛び道具の跡も無ければ魔術を受けた痕跡も無い。致命傷であることは確かだが、急所を狙った訳ではない。人間らしさと殺意が全く欠如しているのだ。
ついでに、被害に遭う条件も妙だった。最初に行った二人は殺されたのに、後から死体を引き上げに来たラビスは死なず、また自分達も被害が無い。音や光、重量に反応しているのではないということだ。人為的な仕掛けなら、まず真っ先にそれらに反応するように設定するのが普通だ。
では何に対して反応しているのか。先の二人とラビスと自分達、差異らしき差異はこれしかなかった。
アップルフィールドは懐から油紙に包まれた飴玉のようなものを取り出した。それを杖の先端に乗せ、火を点ける。樹脂製の固形燃料だ。
魔術の灯火は光を発するが熱までは出さない。長期滞在には燃料は貴重なので、魔術師ならば探索用の明かりに魔術の灯火を使うのはさほど珍しいことではない。よく使うものだからこそ、熱の有無は見落としがちになる。
ようやく灯った明かりを掲げ、アップルフィールドを周囲を見ていると。
カサリ、と幽かにだが、天井から異音がした。
音に反応し天井を見上げる。すると上から何かが落ちてきて…。
べちゃり、と顔と、床が濡れた。雨漏りだろうかと顔を手で拭い、床に視線を落とそうとしてふと気付いた。
横の壁が、先ほどと違う気がしたのだ。一瞬、何が違うのかは解らなかったが。
すぐに気付く。壁が変わったのではない。
思い至った瞬間、水を拭った手で再び顔に触れる。左頬は先ほど拭ったときよりも濡れていて、顎から頬へ、順に触っていく手は、下瞼のすぐ上で“眼球に触れることが無かった”。
再び響いた異音にアップルフィールドはすぐさま動いた。
上から落ちてきたものを今度は掌で払いのける。片目だけでも狙いは正確で、落ちてきたものは壁に当たり床に激突するものと思ったが。
床に落ちる影は無かった。代わりにアップルフィールドの手に激痛が走る。反射的に拳を握り、痛みを堪えながらゆっくりと開くと。
きりきりと痛む掌には小さな赤い点があり、その中心から、細い2本の線が見えた。線はもぞもぞ蠢きながら、掌を潜っていき、手の甲の皮を食い破る音と共に、赤い塊となって床に落ちた。
足元の血溜まりには、前後に2本ずつの触角を持つ虫が居た。よく見れば、顔から滴った血溜まりにも同じ虫が蠢いている。
(“これ”が犯人…!)
相対し、確信する。だが呼び寄せたことは迂闊だったと、アップルフィールドは辺りを
見回し悔いた。天井と壁と床を埋めるほどの虫が周囲を取り囲んでいる。少しでも動けば即座に飛び掛ってくるような均衡は、長くは続かなかった。
足元から跳び上がってきた虫に体勢を崩すと、他の虫達も一斉に飛び掛ってきた。
両膝を着き片腕でどうにか上体を支えながら、何をすべきか考えようとする。しかし、虫が皮下や体内を這い回る激痛と肉や腱を食いちぎる音が思考を鈍らせた。
先ずは連絡? でも今呼んだところで他の者が餌食になるだけだ。ジョウガの剣技やメリッサの体術でも裁ききれるものではない。ラビスは論外だろう。かといって今の状態ではとても虫を攻撃する魔術を編むことは出来ない。先の痛みのせいで、恐らくジョウガ達の元に置いてきた灯火も消えてしまっただろう。
(先ずは…痛みを……)
飛びそうな意識を繋いで、最初の『効果』を起こす。身体中から人を模倣して設置した痛覚一切を遮断した。それでも感覚神経は残っているので、蠢く虫の感覚は残る。
「…うっ…ぐ……ッゴホゴホ!」
吐き気がして咳き込むと、血と肉片と混じって虫が出た。息を吸うことが出来ず喉元に手をやると、数箇所穴が開いていた。
音声術すら使えなくなったということか。頭に行く前に、どうにかしなければ…。
考えていると、右目に違和感を覚えた。押さえる手から血がこぼれ、指と瞼の合間に蠢くものを認める。
もはや失意すらなく、ただ予想される結果を確かめるためだけにアップルフィールドは顔を押さえていた手を離した。掌に付くように重みのある球体が手の中に残る。溜まった血から逃れるよう虫が掌をこぼれる中、綺麗に眼窩から抜け落ちた紅い虹彩と“目が合った”。


とうとう視覚まで無くなった。
重大なことのはずなのに、自分でも驚くほどに衝撃が少ない。喪失が大きすぎて、感じないだけなのかも知れないが。


いや、と。
空虚に塗りつぶされそうになる思考を戻す。
掌に残る自分の目玉を見下ろした。どうして人の基準で考えていたのだろう。感覚のノイズが術集中を乱すのも、喉に穴が開いたら発声出来なくなるのも、脳まで達せられたら終わるのも、人間の話だ。“現に今、アップルフィールドは自身の眼球を視認している”。
「く……っ、…ふふふふふふふふ…っ!」
無性に笑いがこみ上げてきた。自分は何をやっていたのだろう。僕達には、“僕達なりのやり方があるじゃないか”。
もちろんアップルフィールドの喉には穴が開いたままだ。呼吸すらままならず、喉の穴からは血の泡と虫が流れ伝うのみになっている。
『笑い声』は、アップルフィールドの全身から響いていた。身体中から流れ出る血と、周囲に広がる血、その表面が細かに震え音を紡ぎ出す。
獲物の様子の変化に気付いたのか、虫達は動きを止めていた。探るように息をひそめる虫を見下ろし、アップルフィールドは静かに目を閉じた。自らの効果を望み、命ずる。
(―――――死を、)
漠然とではなく、想像する。浸入し内より溶かす毒を思い描いた途端に、虫達は血溜まりの中でもがきだした。体内に入っていた虫も逃れるように傷口から這い出してくる。
襲ってきた虫達が動かなくなったのを確認すると、アップルフィールドをえぐれた目線を壁や天井に張り付いている虫に向けた。襲ってきた分で全てだとは思えない。奥にもまだたくさん居るはずだ。
「しばらく、ここより上には出てこないでいただきましょうか」
ジョウガ達の元に置いてきた灯火の集中を切らしてしまったため、心配して彼らがここに来る恐れがある。被害を出さぬように、対策をしなければならない。
視線の先にある、飛び散ったアップルフィールドの血が、血の持ち主の一瞥で見る間に色褪せていった。紅い色を無くし透明になり、湧き上がるように体積を増やす。透明な液体が広がるたびに、虫は液体におびえるように後退した。
透明な液体はなんのことはないただの水だった。ただし、塩分は一切含まない。
「中途半端に塩水があったから、真水に適応出来なかったのでしょう。だから洞窟の浅い層には現れなかった。外の雨の匂いが嫌だったから」
辺りに残る塩の結晶を消し去って、真水を撒く。終える頃には、周囲に虫の姿は無かった。
(これで全部か)
一息つこうとすると、廊下の奥から走ってくる足音が聞こえてきた。もう少しゆっくりしたかったと思いながら、アップルフィールドは周囲に散った欠片をかき集めて器の再生にとりかかった。


駆けつけたメリッサが最初に見たのは、赤黒い水溜りの中心で座り込むアップルフィールドの姿だった。
うつむいたまま微動だにしないアップルフィールドの様子に、嫌な予感がこみ上げて乱暴に肩を掴み呼びかける。ようやく気付いたというようにアップルフィールドが顔を上げて、メリッサは安堵の息を漏らした。
「あれ、メリッサ? てっきりジョウガさんの方が先に来ると思ってました」
「別にお前個人に対して心配してるわけじゃない。『我々』の天敵が現れたのかと思ったんだ」
「ありえませんよ。今回は僕が油断しただけです」
まだ落ち着かないようすのメリッサを、なだめるようにアップルフィールドは諭した。水溜りに浮いていた虫の残骸をひとつ掬い、差し出す。
「これが今回の“犯人”です」
「……船虫か?」
「元々はそういうものだったのでしょう。今は熱に反応する肉食の生き物になってます」
「成る程な。生物の習性なら、そりゃ人間味なんて無いはずだ」
話していると、遅れてジョウガとラビスが現れた。ラビスは周囲に広がる赤黒い血溜まりに短く悲鳴を上げたが、ジョウガは落ち着いた様子でアップルフィールドに歩み寄る。
「無事か、アップルフィールド」
「ええ、どうにか」
短い返事と笑顔でアップルフィールドは応える。差し出された手を取り立ち上がろうとしたが、両足に力を込めようとするとがくりと意に反し膝が折れた。
「どうした?」
と、体勢を崩した幼い子供の身体を支えてジョウガが尋ねたが、その返事を聞くよりも先に、触れた掌から伝わるアップルフィールドの異変に気付く。
ジョウガの手を取ったのとは反対側の腕。コートに隠れて解り難いが、虫に食い破られて出来た傷がそのまま残っていた。
「この怪我は?」
「流れ出た血が全ては回収しきれなかったので、あえて残しました。これだけの血溜まりがあって無傷だったら、怪しまれちゃうでしょう」
後ろに居るラビスに聞こえないように、会話をする。
「…本当は?」
「…喪失した分の肉体を復元するのに循環物を減らして補ったのですが、足りなくなりました。これ以上減らすと意識が保てなくなるもので」
やや焦点の定まらない目でアップルフィールドは苦笑した。自立出来ないほどの消耗もその所為だった。
「量が量だけに自己増殖にもしばらくかかります。どの道雨が上がるまではここから動けないので、問題は無いでしょう」
「それはそうだが…」
「部分に回す分が無いのなら、総量を小さくしてみてはどうだ」
「今時点でかなりぎりぎりなんですよ。これ以上小さくなったらお二人についていくことで精一杯になってしまいます」
「じゃあいっそのこと上のやつらからちょっと拝借すればいいんじゃないか? どうせ死体なんだし」
会話に割り込んだメリッサが上を指差し得意げに笑う。しかし、賛同も非難もされない沈黙が流れたため、観念してため息を吐いた。
「…解った、悪かったよ。足りない分は私が分けてやろうか。行動する必要が無いと云っても、雨が止むまで活きの悪い顔されてちゃたまらんからな」
「いや、いい」
拒否したのはジョウガだった。意外な反応にメリッサとアップルフィールドが同じような顔をして疑問符を浮かべる。
構わずジョウガはアップルフィールドの体を抱き上げた。言う通り、持ち上げた感触がいつもよりも軽い。
「今回は俺が分ける。質量的にも俺が一番大きいから…構わないな?」
「僕はどちらのでも構いませんよ。大本から引っ張ってくるよりはずっと楽ですから」
バランスを取るためジョウガの首に腕を回しながら、アップルフィールドが返した。
「…いちゃつくのはいいがオーディエンスが居ることを忘れるなよお前ら。てか私が怪我した時とはえらい反応が違うじゃないか」
「お前に遣う気なんぞ一片たりとも持ち合わせていない」
「メリッサは自分でどうにかすることが多いですからね。それに、貴女の怪我は大抵自業自得の本来なら負う必要の無いものばかりですし」
「と、とにかくアップルフィールド君が無事でよかったですね」
会話内容は聞き取れなかったが、なにやら険悪な雰囲気が漂いつつある3人を止めるようにラビスは発言する。言われて、ようやく3人は元々ここに来た理由と、自分達以外の同行者が居たことを思い出した。
犯人が判明したこともあり、特に地下に居る理由も無くなったので一行は上の階に戻ることにした。


学者団にことの真相を説明し、地下には出来る限り近づかないように、近づく場合は火を使わないようにと注意をして、この日は特にそれ以上の行動もなく日が落ちた。夜の火の番をジョウガ達が買って出ると、控えめに遠慮しつつも学者達は申し出を受けた。旅慣れしていない者がこんな場所で、しかも仲間が原因不明の死に方をしたのだ。真相が知れて緊張の糸が切れるのも無理はない。
洞窟の入り口付近に座り、ジョウガは未だ降りしきる雨を眺めていた。傍らには寄り添うようにアップルフィールドが身を預け、眠るように目を閉じている。地下から上がってきてから、無闇に体力を消費しないように活動を控えているのだ。
学者達が寝静まり、出来る限りと粘っていたラビスも眠ってから、アップルフィールドは目を開けた。
「外、見てて楽しいですか?」
「…別に」
「まあ洞窟の壁よりは変化がありますからね。中より外を見ていたほうがいいかもしれません」
「そうかもな」
とりとめもなく話す。アップルフィールドはジョウガの顔を見上げていたが、ジョウガは視線を外に向けたままだった。
「皆さんお優しい方だ。この傷では、こんなことするのもあまり意味ないですけど」
言いながらアップルフィールドは包帯と当て布でぐるぐるになった腕を上げた。再生の追いつかなかった腕を、学者の一人が手当てしてくれたのだ。ろくな技術も道具も無いため、ただ包帯をきつく締めた止血程度の役割しか担われていないが。
「ジョウガさん、別に僕は分けてもらわなくても大丈夫ですよ」
独り言のようにアップルフィールドは囁く。どうせ雨が止むまではろくに身動きが取れないのだ。あの船虫のこともあるので洞窟の奥に行く事もない。増殖に時間がかかるといっても、雨が上がるまでには十分動けるだけ回復する。たとえ何かあったとしても、メリッサとジョウガが動ければ対応できないことなどない。早急にアップルフィールドが回復しなければならない理由は、ほぼ無いに等しい。
それにジョウガは『紅い薬』を忌み嫌っている。自らを人間と自称する彼が、薬の特性に手を貸す必要など無い。
「薬は人のためにあります。あなたが人であるならば、薬はあなたを侵害しない。どんな効果があり、どんな目的で作られたものであろうと道具は人を侵害しない。道具が人に危害を加えるのは、持ち主がそれを望んだときだけです」
「そうだな。…それが、道具が道具たる所以だな」
「だから、ジョウガさんも無理なさらないでください」
話すアップルフィールドの頭に、ジョウガは静かに手を置いた。ゆっくりと頭を撫でてくる手に最初はアップルフィールドも不思議そうに首を傾げていたが、心地よさげに目を伏せる。
「―――――人なればこそ、道具の心配をするのもまた当然だ」
言ってジョウガは頭を撫でる手を止めると、刀を少しだけ抜き、その刃を軽く握った。浅くなく切れた親指の付け根を表にし、アップルフィールドの眼前に差し出す。
アップルフィールドはジョウガと差し出された手を交互に見、小さく微笑んでから、傷口に口をつけた。
「………はあ。勝手にやってくれ」
入り口よりはやや奥まった場所に焚かれた火の前で、暇つぶしに焼けた枝を使って平たい石に絵を描いていたメリッサは、入り口付近に居る二人を遠巻きに眺めながら呆れたようにため息を吐いた。



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