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21 2010 / 11
ヒューフロストの政治機関のひとつの話。誰か本当にタイトルつけるセンスをください…。
フォルダに入ってたときについていたタイトルは『ファーレンハイトが仕事する話』。
ファーに怒られそうですね☆
正確にはやってなさそうに見えて実はちゃんと仕事してたんだぜ! という内容なんですが…w 
病弱ロイヤルニートでは無いんですよ、念のため。

ほぼ身内固めになってしまいましたが、ふみさまのとこの百足さんをお借りしました。
自分、ヒュー国の話を書くと8割がた百足さんに出演いただいている気がします…。
うん、自分が百足さんのこと大好きなんだ。




「………以上で、我がアリアドネの報告を、……終了、致します」
たどたどしく締めくくられた話への、次句への間は短くはなかった。
大評廷に時計が無いのは美観と音の問題と、間が悪くなったときに手持ちの時計を見るという動きが出来るようにとの配慮だが、時計を見ていなくともこの報告は時間をかけすぎであるということは確かだった。この場に参加して居る者は体感する時間にて、今大評廷に入ってきた者でも、座っている者達の疲れた表情を見れば理解するだろう。
そして何よりも疲弊しているのは、報告を行ったラザファム・フリューゲルその人であった。既に報告の最中に数度めまいを起こし、2度もその場で倒れこんでいる。ふらつくたびに評議員席から中断するようにとの声が上がったが、フリューゲル自身がそれを拒否し、議長も彼の意思を尊重した。
「―――――有難う御座います、月読公。同様の報告をアリアドネの教会主からいただいております。さがってよろしいですよ」
「…はい。ミッドガルド宰相、……猊下…」
不遜ではなく極度の緊張から、フリューゲルは挨拶言葉すらよどみなく発することが出来なかった。言葉よりかは幾分かマシな動作で一礼し、席に戻る。フリューゲルの席までの通路に座る他の評議員達は、声にこそしないものの心配そうに視線を向けた。
フリューゲルが着席したのを見届けてから、議長であるミッドガルドは報告書の表紙を閉じた。
「…以上で各公主の報告は終了ですね。若干の予定の狂いはありましたが、報告内容に特に問題はないでしょう。今日の議会はこれにて閉会とします。異議はございませんね?」
扇型の議会場の要の位置、六人委員会が並び座す席の一番端にて宣言する。横に並ぶ他の委員からの発言も無く、議会は終了するものと思われた。
「問題ないはずがないではないか……。今までだって、現王陛下に変わってから、一度たりと不足なく議会が終わったことなどない」
静粛な大評廷に、呟きが響いた。言を理解するまでの間の後、評議員席にざわめきが起こる。六人委員ですらも言に反応を示した。氷刃騎士団長はゆっくりと発言者に目をやり、内政局長は資料をまとめて伏せていた顔を上げる。
発言は、長引きすぎた議会への疲れから漏れ出たものだったのだろう。発した当人もここまで自分の声が響くことを予想していなかった…という顔をしている。だが、知っても大きく動揺することは無く、開き直るように議長を見据えた。
「それはどのような意味でしょうか、金糸伯。今日の諸侯の報告に不備があったと?」
「…今日だけではない。今までずっと、…10年だ! もう10年間も、議会が満了したことなど無い!」
語気を強める金糸伯に、周囲のざわめきは大きくなった。ざわめきに交じり諫言と同意の声が聞こえる。ミッドガルドはそれらを綺麗に無視して、静かに疑問を重ねた。
「ですから、何が足りないと言うのです?」
「それを貴様が言うかっ!? ミッドガルド、陛下をたぶらかしている貴様が!」
「金糸伯! 幾ら評議員と言えど宰相猊下に口が過ぎるぞ!」
「構いませんよアーダルヘイル。…金糸伯、たぶらかすと人聞きが悪い。私はファーレンハイト17世陛下より、議会の全権を任されております。通常の宰相務の他に、ある程度の議会決定権、陛下の判断が必要な案件には報告とその意の伝達。これは御身の危うい陛下ご自身が決め任せたことです。―――――そのような陛下の心遣いと御身を無下にしても、大評廷に出席すべきと金糸伯はお思いですか?」
「それすらも貴様の言ったことではないか!」
ミッドガルドは嘲るように息を吐いた。
「ならば評議員一人ひとりを呼びつけて、陛下から説明をいただくとでも? 私の言葉で駄目ならば、他の委員でも同じなのでしょうね」
「そんなことは―――!」
「貴方の『金糸伯』、ワイスシュタインの『剣持公』、そしてファーレンハイト17世陛下の『正血統』……どれも私には無いものです。ですが、我々は称号に仕えている訳ではない。それを持つに足る者に仕えているのです。ご自身の名の意味、もう一度よく考えてみてはいかがです?」
「貴様!」
「ミッドガルド様、」
金糸伯の怒声に被せて、冷静な声が大評廷の上より落ちてきた。高い天井からすり抜けるように落下してきた影は、ちょうどミッドガルドの席の前の床に着地した。ごちゃごちゃに丸めた布の塊のような人影は、着地の姿勢から立ち上がると、さして高くない背を低くし、ミッドガルドに礼を示す。
「ミッドガルド様、ファーレンハイト17世陛下がお呼びです。見たところ―――――」
ちらりと布の塊は金糸伯の方を見やり、直ぐに布に隠れた視線を戻す。
「会議は既に終了しているご様子。ファーレンハイト様が疾く参るようにとのお仰せで御座います」
「…解りました。陛下の仰せならばしかたありませんね。直ぐに参りましょう」
ミッドガルドは素早く席を立つと、布の塊のような人物を従え、委員側の出入口に向かった。背後から聞こえる罵声を気にせず、大評廷を後にする。
後に残った大評廷において、ざわめきはより一層大きくなっていった。もはや声を潜めることもなく、口々に評議員達は何かを言っている。それは非難であれ擁護であれ、ミッドガルドが居ないこの場においては無意味なものだったが。
「静粛に!! 今回の議題は既に終了している。もう大評廷に居る意味は無い、諸侯らも自らの領地に戻られよ!」
氷刃騎士団長アーダルヘイル・ワイスシュタインが声を張り上げた。だが、評議員達の潜め話が止む気配は無い。
「無理じゃないかなワイスシュタイン卿。今までずっと不満はあっただろうし。ボクも陛下とはあんまりお会いしたこと無いから、彼らと同じような印象だしねえ」
「情報局長!」
「あ、別にボクは不満は無いよ? ボクはマリオセンパイのこと信用してるし」
評議員席を見回しながら、情報局長ヴェリゼル・タングレイは楽しげに喋る。
「全く、あなた方は私の居た頃から何も成長していないのですね」
騒乱を止めたのはたった一言だった。まだミッドガルドが大評廷に居たのか―――そんな錯覚を起こさせるような一言は、六人委員席の中央から発せられていた。内政局長カレルベイン・ワイスシュタインは、白皙の貌に何の色も浮かべることなく、ただ中空に視線を留めている。薄く開かれた唇だけが、彼女が言を発したことを示していた。
「前内政局長のラプレツィア様が先日言っておられました。金糸伯、それに同調している幾人かの評議員も……ただミッドガルド宰相猊下を非難されるだけで、自らの責務にはあまり関心が無い、と。私も―――そう思います」
「内政局長、今はそのような火に油を注ぐ発言は…」
「旦那様だって同意されてたじゃありませんか。彼らの報告書は代筆の部下任せで、議会での報告もあまり良くないと」
「カレル!」
「へぇ、剣持公がそのようなことを…。陰口など言うとは思えぬ人柄でしたから、意外ですね」
雪盾騎士団長は面白いことを聞いたというようにくすくすと笑う。アーダルヘイルを茶化しこそすれ、金糸伯らを弁護するつもりは無いようだ。外政局長は相変わらず黙していた。外面を取り繕うことのエキスパートである彼らだから、不必要な印象を与える言動は避けているのだろう。
「―――――失礼、今の戯言はお忘れください。ですが、私もミッドガルド宰相猊下の発言に賛成いたします。貴族の名は、それを司る技術と経験を継承していくことを示すためにあります。ワイスシュタイン家が代々剣を取り王に代わって刃を振るったように、ケルシュ家がアイスローズを専門的に研究栽培していたように、アインベック家が火酒の配合を発明したように。有能な部下を見出すこともひとつの統治の方法ではありますが、当人に自覚が無いならば方法ではなく偶然です。偶然に頼るようでは政は立ち行きません」
抑揚の薄い、だがよく通る声で話し終えると、カレルベインは席を立った。
「内政局長、どこへ…」
「中央演算室にて部下を待たせておりますゆえ、戻ります。もうここに居る意味は御座いませんから。委員での打ち合わせは、後日。それではごきげんよう皆様方」
カレルベインは終始表情を変えぬまま、綺麗な所作のお辞儀だけを残して立ち去った。タングレイも「じゃあ、ボクもお先に失礼」と軽い動作で片手を挙げ、外務局長もその直ぐ後に何も言わず大評廷を出て行く。
ざわめきもおさまりまばらに評議員も帰り始めた議会場の委員席で、アーダルヘイルは肩を落とした。空いた片隣の席を横目で見やって。
「いつもながら、席を外すタイミングを逃すな…」
「普通、こういうのって文官が最後に残るものですよね。うちの政担当は皆力強いなあ」
「卿はもう少し覇気を持った方がいい。専攻の騎士団で無いとは言え、我々は武力を担う者だ」
「血気は皆さんにお任せしますよ。一人くらい僕のような者が居ないとバランス悪いじゃないですか」
どちらの団体を指して言っているのか…気にはなったがアーダルヘイルは特に尋ねはしなかった。代わりに、別の言を口にする。
「雪盾の。卿は今回のこと、どうお思いだ?」
「どう、ねえ……。金糸伯の言い分は最もだと思いますよ。それを口実に責務を疎かにしていいとはもちろん思いませんが」
「模範解答だな」
「そりゃどうも。僕からもお聞きしますが、ファーレンハイト17世陛下の幼馴染の貴方から見て、陛下が評議会に出席可能だと思いますか?」
「出来ないことは無いだろう」
アーダルヘイルは即答した。が、その理由までは言わなかった。雪盾騎士団長はその沈黙を出来なくは無いが体調に危険が伴うのだろうと解釈したが。
体力的には恐らく問題は無い。アーダルヘイルは胸中でそう唱えていた。ファーレンハイトはミッドガルドと生命力の共有している。よほど激しい運動や大掛かりな魔術の使用でもしない限りは、日常生活に支障は無い。現に定例の評議会には出ていないものの、ファーレンハイトは重要式典や謁見はちゃんと行っている。
「問題なのは、体調ではない…」
「そりゃあ、今まで一度も評議会に出たことありませんからね。経験不足はしかたありませんよ」
嘆息と共に出た言に、雪盾騎士団長はやはり笑って応えた。
だが、違うのだ。アーダルヘイルは再び声に出せず、胸の中だけで呟く。
恐らく陛下は、もうこの場に居ない文官以上に厄介な気性だ。


王城は外政局のある南棟に賓客用の諸部屋が揃っており、大評廷も南棟から延びる廊下で繋がっている。内政局のある東棟からも繋がる廊下があるが、こちらは国王と六人委員会専用の通路となっており、評議員は南棟から向かうのだ。つまり、議会に出席する評議員は、王城の中でもほとんど南棟以外の場所を歩くことはない。
王城中央棟にある医務室から出てきたフリューゲルは、左右に延びる廊下を見渡しため息を吐いた。
評議会が終わってから医務室のお世話になるのはいつものことだった。ただ、今日は先客が居たため、中央棟にある医務室まで連れて来られた。そこまで大袈裟ではないと断ろうとはしたものの、呼吸のままならぬ口で伝えようとしたため余計にこじれてしまったのだ。
「…ど、どうしたものでしょうか……」
なんとなく声に出る。従者はいつものように南棟の医務室に居ると思って待っているだろうから、もちろん戻らねばならないだろうが。連れて来られたときには周りを見る余裕が無く、滞りなく戻れる自信は無かった。
手っ取り早く踵を返し、医務室に居る人に道を尋ねるのが最善の手段だった。だが、3人以上の人間と相対することを苦手とするフリューゲルにとって、4人の従業員が居る医務室に戻るのは気が進まない選択だった。それならば通りがかる女中などに道を尋ねた方がまだ気分が軽い。通りがかりならば、3人以上が連れ立っていることも少ないだろうし…。
「何をやっている?」
突然の問いかけに、フリューゲルは文字通り跳び上がって驚いた。
振り返ると、怪訝な顔をした若い男が居た。遠視用眼鏡の奥で眉をひそめる雪色の目と髪の人物。それは見紛うはずも無く、
「へっ、へへへへ陛下っっ!!?」
「見慣れぬ者だと思って声をかけてみたが、そんなに驚かれるとは。―――――翼の紋章…お前が《月読公》ラザファム・フリューゲルか?」
「は、はい。そうですが……なぜ私が月読自身であるとお判りに…? 陛下は私とお会いしたことはございませんよね……」
「会ったことは無いな。他の評議員も同じだが。……衣服に徽章を纏うのは従者でもやることだが、紋章入りの指輪をするのは本人だけだろう」
「あ、そうか…そうですね……」
指し示された手を握りしめ、フリューゲルはまじまじと指に嵌った紋章を見た。
「ついでに、いつもミッドガルドから聞いている月読公の特徴とも一致する」
「あ…宰相猊下は、私のことをなんと仰られているのでしょうか…?」
「よりによってあの人となりで貴族の嫡男に生まれるとは、よくよく運の無いやつだと言っていたな」
「うう…っ、……やはり私に領主は向いていないのでしょうね……」
「そういう意味ではないと思うが」
「え?」
「まあそれはいい。で、アリアドネの公主がこんなところで一体何を? 今日は内政局にも宰相にも、会談の予定は無かったはずだが」
「それは……」
フリューゲルはここに至る経緯をたどたどしく説明した。聞くファーレンハイトは表情こそ変わらなかったものの、徐々に相槌の数が少なくなっていき、話が終わる頃には黙りこくっていた。
「大の大人が屋内で道も覚えられないなんて閉口しますよね…」
「それよりも報告中に3度も倒れることの方を詳しく聞きたいものだが」
ずばりと言われ、フリューゲルが苦笑した。こうして話している分には流暢とはいかないまでも、まだまともだからだろう。一対一で話すのは問題ないのだ。二対一だともう一人の動向が気になってしまい、三人に対すれば完全に萎縮してしまう。きっかけは本当に大した事ではなかったのだが、長年着いた癖はなかなか抜けるはずも無い。
「南棟に戻りたいのなら、俺が案内しようか」
「そそそそそんな恐れ多いことっ…、陛下に道案内をさせるなど…っ!!」
「でも医務室には戻れないんだろう? 掃除の女中は先程仕事を終えたばかりだし、この廊下は通路としてはあまり使われていないぞ?」
「ううっ……」
細い眉を更に弱々しげに八の字に曲げておどおどするフリューゲルに、ファーレンハイトはため息を吐いた。少し思案してから「では、」と口を開く。
「俺が勝手に南棟まで歩いて行くから、着いてくるといい。それまでの間、俺からひとつ頼まれて欲しい」
「え、えーと……」
「今日の評議会の様子の報告をしてくれ」
「はい?」
予想外の言を聞いてフリューゲルは妙な声で応えた。直後に世間話をしろと言われるよりはマシかと思ったが。
「今日の評議会で行われた議論や、会議中の様子を教えて欲しい。たまにはミッドガルド以外の者から聞くことも必要だろうしな」
「国王陛下は……いつも、宰相猊下から報告を受けているのですか?」
「ああ。議事の仔細や発言者の様子含めてな。そうでなくては判断が出来ないだろう。ミッドガルドが言っているように、最終的な決定は俺が行っている。俺の病が治ったときに執政を行えないようでは、治す意味が無いからな」   
「なるほど…」
中途半端な返事をしながら、ミッドガルドの話は本当だったのかと驚いていた。反宰相派は悪意を持ってミッドガルドが実権を掌握していると口にしているが、反宰相派ではなくても、評議員の多くは政務をミッドガルドが取り仕切っていると思っている。六人委員会の半数以上の者がファーレンハイトに近しい者であるということも、その思いに拍車をかけていた。
報告をしながら南棟へ向かう道すがら、フリューゲルは頼まれた通り議会の様子を報告した。と言っても普段ミッドガルドがどの程度まで話しているのかは解らないので、今日の議会の最後の一件については会議の流れの最後を話し終えるまで迷っていた。
自分が行った最後の報告に多少の付け足しをして、報告は終わった。公的な議会では言えないような、やや緩やかな会話で伝えられるような私見の混じった補足もした。最後の一件については、結局話さなかったが。
『勝手に歩いていく』と宣言したように、ファーレンハイトは報告を聞いている間一切の相槌を打たなかったが、話が終わると立ち止まり、感心したようにフリューゲルの顔を見た。
「………初対面の印象がアレだが、ミッドガルドが言っていたことは本当のようだな」
「ど、どうなさいました? …私が何か無礼なことでも……?」
突然見つめられて、フリューゲルが後ずさる。
「いや、……。……ミッドガルドが言っていてな。社交性と対人会話にやや…ずいぶんと難はあるが、公主を務めるには十分な能力があると」
「それは、一応褒められているんですよね…?」
「一応も十応もなく褒められていると思うぞ」
「そ、そうですね…。宰相猊下にそう言っていただけるとは……恐れ多い…」
照れ隠しに笑いながら、ふと思ったことを口にした。
「陛下は…評議会には出席なさらないのですか?」
意外なことを聞かれたというようにファーレンハイトは首を傾げる。
「ん? …ああ。出てみたいのは山々だが、ミッドガルドが許さないだろうな。あいつの様子を見るに、俺の体調で出るには大変なのだろう」
「そう…ですか…」
「……―――――何かあるのか?」
「えっ…あの、その……」
目つきの変わったファーレンハイトに、フリューゲルは迂闊に質問したことを後悔した。ファーレンハイトの様子を見るに、ミッドガルドはこれまでの報告で今回の最後の騒動のようなことを話してはいなかったらしい。ミッドガルドが評議会で発言することは、国王の意思であると評議員達は了承していたと思っていたのだろう。…10年間も、親代わりとも呼べるほどに近くに居た者が言っていたのだから、信じているのも無理は無いが。
いや、むしろその事実に対し疑問を持ったのかもしれない、とフリューゲルは思った。ファーレンハイトが信じるのも、ミッドガルドが隠しだてるのも無理の無い話だ。だが、現状で国王と評議員には考えにこれほどの隔たりが生じている。そしてその隔たりは良いものではない。
(話していいのか? 地方の公主に過ぎない私が……)
フリューゲルの次句を待つファーレンハイトの強い視線に、動悸が早まる。宰相猊下の陛下への配慮を、自分が無下にしても良いのか。だが、
『たまにはミッドガルド以外の者から聞くことも必要だろう』
最初にファーレンハイトが言ったことを思い出す。もしかしたらファーレンハイトはうすうす感づいているのではないだろうか。ミッドガルドの配慮は当然六人委員も知っているだろうし、その委員から報告を聞いてもミッドガルドと口裏を合わせていることもある。
吐き気を伴うほどの動悸を飲み込んで、フリューゲルは意を決して口を開いた。
「へ、陛下にお話したいことが…ございます」


冬入り前の収穫期には、生産事業を請け負う貴族の報告が立て込み評議会の開会が多くなる。
最後に一騒動があった前回の議会から10日も立たぬうちに、新たな議会が開かれていた。今回はステンドガラスや金属細工、アイスローズなどヒューフロストの特産品を製造管理している貴族の報告が主な議題である。
特産品管理の貴族は建国初期から存続している家が多く、報告は大きなよどみも無く終わるであろうと思われた。
「…以上で諸侯の報告は終了ですね。報告内容に不備はありません。今日の議会はこれにて閉会とします。異議はございませんね?」
議長であるミッドガルドがお決まりの閉会宣言をしようとした直前。
評議員席から、静かに手が上がった。
「……どうなさいました、《月読公》ラザファム・フリューゲル?」
ミッドガルドが尋ねて、ようやく周りに座る評議員もフリューゲルが挙手していることに気がついた。技術領の貴族ではなく、しかも極度のあがり症であるフリューゲルがこのような行動をおこしたのは、議会を波立たせるには十分だった。
「あの……本日は、私から………い、いえ。……ある方に頼まれまして…議会にゲストをお招きして…おります」
集まる視線に思わず下を向きたくなる首を必死に持ち上げ、フリューゲルはその場で起立して喋る。たったこれだけの言を口にするにも、額やらこめかみから汗が伝い落ち、顔が赤くなる。
「そのような予定は今日の評議会には入っていない。あまり妙なことは言わぬように、月読卿」
なにやら思案しているミッドガルドが口を開く前に、嗜めるようにアーダルヘイルが言った。他の委員も、首を傾げたり無表情や微笑のままフリューゲルを見たりと反応を示す。
それらの反応を堪えるようにフリューゲルは月読当主の指輪が嵌った手を胸元でぎゅっと握ると、ゆっくりとその手を伸べる。示す先は六人委員が着席している場所よりもまだ奥の、国王席。
その奥にある、国王専用の大評廷入り口だった。
視線が一気に扉に集まった。六人委員ですら振り返り、扉を見る。
反射的に扉を見たものの、過去10年間開くことの無かったその扉が開くとは誰も思わなかった。数瞬の後には大評廷に笑いや嘲りや非難の声が溢れるであろうと誰もが思ったその瞬間。
扉は、開いた。
使われずとも手入れはされていたのだろう。よどみも異音も出さずに扉は左右の腕を広げた。開かれた扉の中央に立つ人物を、場に居る誰も見間違うことなど無い。儀礼正装どころか略式正装のマントすら見につけて居なくとも、生まれながらに身に宿した国色・雪灰色の髪と眼はヒューフロストの王にふさわしい―――――。
「ファーレンハイト様………」
誰もが目の前の出来事を理解できずに居る中、ミッドガルドがその名を呼ぶ。彼自身にも予想外だったようで、表情にこそ出ていないものの、その声には呆然とした色が含まれていた。
フリューゲルが静かに礼をすると、それを合図にするようにファーレンハイトは歩き始めた。国王席の横を抜けて、六人委員会の席まで歩を進める。大評廷を縦断するように設えられた通路に分断された六人委員の机の、ちょうど中央で立ち止まる。ファーレンハイトの両脇には、扉を開けたであろう二人が従っていた。ファーレンハイトから見て左手に居る二人は青髪に聖服には不釣合いなサングラスの男。祭務官の正装をし、袈裟には情報局の徽色である赤が入っている。右手に居るのは黒い兵装に妙な化粧をした背の低い男だった。
従者の姿を見てようやく表情を思い出したミッドガルドは、評議員には聞こえぬ小さい声で、呻いた。
「……百足、貴方…!」
「申し訳ありませんミッドガルド様。陛下にきつーく口止めされていたもので」
あはは、と困ったように百足は笑った。
「…ここで挨拶をするのは初めてになるな。判っているとは思うが、俺はファーレンハイト・ホーリィ=ヒューフロスト。この国の王をやっている」
ひとつ、間を置く。評議員席を見回すように視線を巡らせて。
「今日ここに赴いたのは諸卿らに言いたいことがあったからだ。……いや、言わねばならないことだな。宰相であり俺の意思の代行者であるミッドガルドを通さず、俺自身が言わなければならないことだ」
「ファーレンハイト様、」
「お前の言いたいことは解っているミッドガルド。だが今日だけは大目に見てくれ。代弁者を頼んでおいてワガママを言っているのは確かだしな」
返す言葉が浮かばないミッドガルドに、ファーレンハイトは申し訳なさげな微笑を向けた。
ファーレンハイトの言葉に、呆然としていた評議員達に戸惑いの色が走る。潜め話からなぜ国王陛下が、ミッドガルドは本当に陛下の意思を言っていたのか、という声が聞こえてきた。フリューゲルが懸念した通り、信じられてはいなかったようだ。
一通りのざわめきを聞くと、ファーレンハイトは小さく息を吐き、目を伏せた。
「先ず、俺は大評廷にいる皆に―――――評議員や、六人委員会の者達に謝らねばならない。即位から10年間、病を理由に俺は評議会をないがしろにしていた。出られぬのなら出られないなりに、別の意思疎通の場を設けるべきだったのだ。ミッドガルドに代弁を任せるにしても、皆が納得する説明を俺からすべきだったと思う」
顔を上げる。
「その俺の至らなさが、今のような事態を招いてしまった。民を、諸侯らを統べることも出来ぬとは王を名乗る資格も無い。と言ってもこの国の王たるは俺だけらしいからな。
―――――俺はミッドガルドに議会での代行を務めてもらうに際し、幾つかの権限を制限した。元より多用するようなものでもないし、代行にこれをやらせると皆の顰蹙を買うかと配慮したつもりだったが…どうやら皆の反応を見るにそれ以前の問題だったようだ」
ファーレンハイトの言葉を聴きながら、宰相席でミッドガルドは「やっぱり…」と小さく漏らした。
「…止めなくていいのか?」
「陛下が言って止まるようなお人ですか」
お前が言ったら止まるんじゃないのか? とアーダルヘイルは思ったが、口には出さないでおいた。
「ヒューフロスト国王には貴族位の認定権と剥奪権がある。そして国王は評議会出席資格を持つ3名以上に審査申請をされた場合、その者が貴族位に値するものかどうかを見極めなければならない。……そろそろ、俺が何を言いたいか解る者も居るんじゃないか? 月読公が言ったゲストは俺ではない」
言葉と同時に評議員が出入りするための扉が開く。銀の髪に浅黒い肌の祭務官に連れ立たれ、一人の男が大評廷へと入ってきた。壮年と言える見た目の男は、緊張した面持ちで階段状の評議員席を下りて行き、発言台に上る。
「彼に見覚えがあるだろう、金糸伯」
「お前は……!」
男を見て、金糸伯は青ざめた。他の評議員は彼が誰なのか解らず顔を見合わせる。
「俺が評議会に出なかった10年の間に、諸侯らにも気の緩みが出ていたようだな。特に技術領の貴族にはそれが顕著なようだ。ケルシュ卿と比べてしまっては申し訳ないが、聞き劣るように思う。前回の議会ではそのような話題があったそうだな?」
「ありましたが、話題というほどでもありません。ほとんど私の独り言です」
淡々とした口調で、カレルベインが言う。アーダルヘイルは気まずそうに咳を一つし、雪盾騎士団長は白々しく首を傾げた。その場に居なかったミッドガルドには何のことだか解らなかったが、カレルベインの発言と他の六人委員の様子、ファーレンハイトの行動であらかたを理解した。
「金糸伯アンドレ・ポーター。貴卿に対し、議会出席者4名から現称号に相応しきか疑問視する申請が出ている。月読公はその疑問の根拠として、彼を議会に召喚した。……クーロン3級官、皆に説明を」
「はい、陛下。証人の名はギネヴィオ・スタウト。アリアドネに在住する金糸伯経営の彫金工房の主任彫金師。―――――そして、7年前から金糸伯の作成していた業務報告書の代筆をしていた者です。以上の説明に相違点はございますか、スタウト殿」
サングラスをかけた祭務官が小脇に抱えていたファイルを開き、中を見ながら口上を述べる。
最後の問いかけに、発言台に上ったスタウトは深く考えるように目を伏せたまま肯定した。
「間違いありません」
「それは、金糸伯から指示された内容を記述したという意味ではなく、報告の全文を貴方が作成したという意味ですね」
「はい」
「それを議会に提出する前、記述内容に関して金糸伯に説明するような機会はありましたか?」
「いいえ、そのようなことは一度も」
「ギネヴィオ!! 貴様…!」
「静かにしろ金糸伯。今は月読公の証言者の発言の間だ」
ファーレンハイトに一喝され、金糸伯は押し黙った。
静寂の中、祭務官は質問を続けた。
「貴方が代筆をしていたのは7年前からとのことですが、それ以前は金糸伯が報告書の作成を? それとも貴方以前にも他の誰かが代筆をしていたのでしょうか」
「はい。私の前に主任を務めていた方が代筆をしておりました。報告書の書式も、その方から教えられました」
「なるほど。証言、感謝いたします」
祭務官の言葉にスタウトは静かに頭を下げた。
「ちなみに、発言の裏づけとして情報局の方で報告書の筆跡鑑定はやっておいたから。月読公から貰ったスタウトさんの筆跡と陛下の方で探してもらった前主任さんの筆跡、内政局所蔵の写しじゃない方の金糸伯提出報告書、ばっちり一致してるんだよねえ。協力ありがとね。ルビィちゃんと、宰相私兵さんも」
「無論です。……公的な場ではワイスシュタイン猊下とお呼びください、タングレイ情報局長猊下」
「ちゃんと前の方も探し出して筆跡貰ってきましたから、確実ですよ。金糸伯のものではないことを示すために金糸伯の筆跡も取らせていただきました。いやあ、工房の書類ほとんど全部がスタウト氏と前の方の作成でしたから、苦労しましたよ」
審査申請をしたタングレイとカレルベインが口々に喋る。話を振られた百足も惚けるように肩をすくめた。じと目で見てくる上司の視線から逃れるように顔を背けつつ。
「さて、これで貴卿が提示していた証言証拠は以上だったな月読公。金糸伯、これらに対して何か反論はあるか?」
顔を上げ、ファーレンハイトは議員席の金糸伯を見る。その視線に金糸伯は一瞬震え上がったが、直ぐに自身が発言する番であると思い出し、慌てて口を開いた。
「お、お待ちください陛下…! いくらなんでも話が唐突すぎます! 予告も無しにこのような…」
「うわーい抜き打ちテスト食らった学生みたいな言い訳だねえ」
「お前の軽い調子も程ほどにしろよタングレイ。一応言っておくが、審査申請に関しては結構と前から出ているんだ。一人だったから規則上審査に値しないという扱いだったがな」
「確かに私には長い報告書を書いている時間が無く、スタウトに代筆を頼みました。ですが工房の様子は把握しておりましたし、運営も問題なく行えておりました!」
「代筆自体が問題なのではなく、その内容をスタウト氏に丸投げしていたことが問題なのです。そしてその報告書に関する打ち合わせもしていない。工房内の書類もスタウト氏と前任者の作成とのことですから、その状態で工房の運営が成り立っていたということは、貴方の必要性が極めて低いとも受け取れます」
「酷なようだがカレルベインの言う通りだな」
「私のような技術領主は、経営の他に製造自体も担わねばなりません! そのような多忙では全てに手が回らず…」
「それは他の領主も同じだな。生産専行も居るが、そうでない領主も多く居る。皆それぞれの役をしっかり担っているように見えるが?」
「そ、そもそも金糸伯には生産を担うと言う資格がございません…。《金糸》とまで賞された板金の透かし彫り技術も、今は工房主任であるスタウト氏から各職人に伝えられていると聞きます…。ポーター卿自身は久しく工房に立っては居ないと。…、先代が亡くなられたころからその様子が顕著だったようですね」
「月読公っ! 憶測での発言はやめてもらいたい!」
「憶測ではありません!! わ、私は…アリアドネの領主として、領地にあるものを把握しているだけです…! 先代金糸伯の報告では、あなたも工房に立っていたとありました。でも、今金糸伯工房にて作られているものには、あなたの銘が入ったものは一つも無い。議会提出分も、…過去のあなたの作品とは程遠い物です。議員の務めもせず、工房にも立たず……あなたは何をやっているのですか…っ!!」
顔を真っ赤にしながら声を張るフリューゲルの剣幕に、金糸伯だけではなく大評廷に居た誰もが呆気にとられた。フリューゲルからの審査申請を受けていたファーレンハイトですらも、彼がここまで言い出すとは思っていなかった。
「ですが…!」
「おやめなさい金糸伯。見苦しい」
なおも言葉を並べようとする金糸伯を、新たな声が打ち止めた。フリューゲルの怒声とは違った沈黙が大評廷を包む。
声の主は涼しげな鼻梁にわずかに不快感を浮かべ、苛立たしげに竹細工の扇を広げた。
「政務局の委員2人に審査申請を出された時点で貴方に勝ち目はありません。我々は行動にてヒューフロストに忠誠を誓う者、やましい事が無いのなら言い訳などしなければ良かったのです」
「あ、青薔薇公……」
意外な人物に攻められたと、金糸伯が目を丸くする。青薔薇公は評議員内では反宰相派の筆頭で、同じく反宰相派である金糸伯には、味方こそしなくとも敵対されるとは思っていなかったのだ。
「疾くご決断を、ファーレンハイト様。言うまでも無いことでしょうが」
扇で口元を隠したまま、青薔薇公はファーレンハイトの言葉を促した。
「そうだな…。月読公、内政局長、情報局長らの証言から、ポーター卿には《金糸》を名乗る資格は無いと判断する。そして工房内の経営管理を把握し適切な報告書の製作が出来て、かつ金糸と賞された技術を正しく継承しているギネヴィオ・スタウトにこそ《金糸》を名乗るに相応しい。よって、金糸伯の称号は、ポーターからスタウトへ移行するのが妥当である………これで異論は無いな、諸卿」
確認のため、ファーレンハイトは大評廷を見回す。反対する者は誰も居なかった。評議員席を一巡見回してから発言台に立つスタウトに目を向けると、スタウトは「《金糸》の名を与えられるとは光栄の極み。謹んで、務めさせていただきます」と深く礼をした。
「陛下、貴族位の移行ならば新たに任命式を行わねばなりません。曲がりなりにも称号ですから」
一連の流れにけりがつき、ようやくミッドガルドが口を開いた。ファーレンハイトは言われて気付いたように「あ、そうか」と呟くと、議員席に座る若い男に呼びかける。
「義兵男爵サーシャ・グレフ。卿は金糸伯同様工房と商業を一家で担っていたな。スタウトが新たに金糸伯となるまでの間、金糸伯工房の運営を預かってくれないか?」
「拝命、謹んでお受けいたしましょう。ほとんどの仕事は既にスタウト氏が担っておりますから、名を貸す程度でいいんですよね?」
「ああ。それで構わない」
論ずるべきこと全てが終わると、閉会の宣言はファーレンハイトが行った。本来なら国王が行うのが通常なのだが、それはファーレンハイト17世即位から11年を経てようやく国王が行った宣言だった。


評議員達が退席し、ひっそりとした大評廷にはファーレンハイトとフリューゲル、そして六人委員の数名が残っていた。議会後に団の会議を控えていた雪盾騎士団長は長引いた議会の遅れを取り戻すように慌てて退席し、外政局長は相変わらず何も言わずに立ち去った。残ったミッドガルドとカレルベイン、タングレイはそれぞれ六人委員席にそのまま着席し、アーダルヘイルが退いた宰相席の横の氷刃騎士団長席にファーレンハイトが座り、空いている雪盾騎士団長席の後ろにアーダルヘイルとフリューゲルが立つ形になる。
「こんなことは、今日限りにしていただきたい。評議会に出るのなら、せめて私にも仰ってください」
「本当にすまない。お前に言ってしまうと、何か理由を付けられて出させてもらえないんじゃないかと思ったんだ」
「当たり前です」
「あまり怒ってやるなミッドガルド。陛下の体調は良好のようだし、評議員に対する態度も問題は無かったではないか」
「そう云う事を言ってるのではありません! よりによって初出席でいきなり貴族位の異動などと…」
「前々から申請があったのは事実だ。お前も知っているだろう?」
「陛下、そのことについて少々お聞きしたいのですが」
解りやすく疲弊し頭を抱えるミッドガルドという非常にレアな画を眺めながら、アーダルヘイルはふと思い出した。
「申請は4名から出たと仰られておりましたね。証人を連れてきた月読公、資料提供と鑑定をしたカレルとタングレイ。もう一人は誰ですか?」
「あ、それボクも気になった。発端はフリューゲル卿で、証拠出す時にボクとルビィちゃんが賛同したんだよね。この3人で申請通ったと思ってから、以前から申請出してたのってどんな人?」
「ああ、この話はミッドガルドにしかしていなかったからな。それは…」
「こんな申請を出す評議員、一人しか居ないでしょう」
ため息混じりにミッドガルドは吐き出す。
その声に応えるように、評議員席の一番奥にある評議員用の出入口が開いた。開け放たれた扉の前に居た男は、ファーレンハイトがまだ大評廷に居ることを知っていたかのように深々と頭を下げている。
「ご機嫌麗しゅう、ファーレンハイト17世陛下。本日は思いがけずに議会にてお会いできたことと、議題に感謝し挨拶に参りました」
「わざわざご苦労だな、ケルシュ卿」
護衛らしい傭兵のような男と、質素だが気品の漂う娘を引き連れケルシュは評議員席の階段を下り、ファーレンハイト達の元に来た。皆の視線が集まる中、ケルシュは微笑を浮かべたまま、ファーレンハイト以外を見ようともしない。
「青薔薇公アズール・ケルシュ。長くお前の申請をほったらかしにしていてすまなかった。疑惑はそれなりにあったが、いかんせん証拠と申請の数が揃わなくてな」
「疑問を投げかけるのが目的でしたから、達成の有無はそれほど重要ではありませんでした。金糸伯の態度が余りに酷いようであれば、私のから引導を渡しても構いませんでしたしね。まさか他の者からも申請が出るとは……そしてそれが、月読公から出るとは夢にも思いませんでしたよ」
「私も…アリアドネの領主として、領地にあるもののことは…き、気にかけておりました。青薔薇公も、憂いておいでとは思いました…が…。青薔薇公ほどのお人なら、呼びかければ直ぐにでも審査申請を集められたのではないかと…」
「呼び掛けねば集まらないような申請に意味はありません。自ら気付かぬのなら金糸伯と大差ない。……認めたくはありませんが、我々技術領の貴族には、金糸伯のような者が多く居ます。程度の差はありますがね。そしてそんな連中に限って反宰相派などと宣うのです」
「わあ、鏡見ろって感じ?」
タングレイの軽口を、ケルシュは綺麗に無視した。
「宰相の越権行為について異を主張している者が、自らの責務を怠っているなど笑い話にもなりません。今回のことが良い薬になって、他の連中も暫くは大人しくなるでしょう」
「卿が人知れず引導を渡すよりもパフォーマンスが効いて良かったんじゃないか」
「私とて自らの役目くらい自覚しておりますよ。素行不良の技術領主が不可解な死を遂げれば………糸を引く者など多くは居ますまい。それこそ私かミッドガルド猊下か…」
「私なら、ケルシュ卿に罪を擦り付けるような真似はしませんよ」
ケルシュの視線にミッドガルドも笑顔のまま睨み返す。
「流石は宰相猊下、殊勝なことですね。私としては一刻も早くあなたに失脚していただきたいので、そのような配慮はしかねます」
「まだ寝言仰ってるんですか? 私を青薔薇公家の後継者にしたいなどと」
「当主たるもの、家の最良の未来を望むのは当然です。そのためなら手段を選ばないのもね」
「あなたと同じ顔で笑う女がいつも横に居るなんて、ぞっとしませんよ」
「おや、エーデルは妻に似ていると評判ですが」
「“笑い方”がそっくりなんですよ。これならまだアダマンティア嬢の方が可愛げがありますね」
「あれを我が家の者だとは思わないでいただきたい。………と、話が逸れましたね。今日はこれにて失礼致します、陛下。またいつか大評廷にてお会いできる日を楽しみにしております。行きますよ、エーデル、ワイルドアニス」
青薔薇公が去り、評議員用通路の扉が閉まって暫くしてから。ミッドガルドはため息混じりに笑った。
「最近おとなしいと思ったら、相変わらずですね。あの方も」
「お前は青薔薇公にまで喧嘩売ってるのか…」
疲れながらもどこか楽しげなミッドガルドとは対照的に、アーダルヘイルは肩を落としている。
「あちらが勝手に突っかかってくるんです。そりの合わない娘がしょっちゅう話題に出す男のことを、好ましく思わないのは父親として当然なのではありませんか? 私には理解しかねますが…」
くすくすと笑い、ミッドガルドは席を立った。隣に座っていたファーレンハイトに一礼をし、大評廷から退場しようとする。
「陛下と一緒に居なくていいのか?」
「ファーレンハイト様との話は後ほど。今は、先ず私の可愛い《蟲》達と話さねばならぬことがありますので」
「あまり怒らないでやってくれ。お前が仕える俺が頼んだら、あいつらが断れるわけ無いんだから」
ファーレンハイトの言葉が聞こえない訳ではないだろうが、ミッドガルドは何も言わずに六人委員用通路の戸を閉めた。間髪入れずに、タングレイも「じゃあボクもそろそろ本部に戻るね」と大評廷を後にする。
「我々も戻るとするか。陛下、お送りしましょう」
「では頼む。―――――月読公、今回のことは本当にありがとう。ミッドガルド達からだけでは知ることの出来なかったことを知ることが出来た。貴卿のおかげだ」
「も、…もったいないお言葉です、ファーレンハイト陛下…! 私でも、陛下のお役に立つことが出来るなんて思ってもみませんでした…」
「貴卿は領主としても優秀だ。自信を持つといい」
「あ…ありがとうございます…」
フリューゲルは深く頭を下げ、大評廷を去っていった。その後姿を見届けてから、ファーレンハイトとワイスシュタイン父娘も席を立つ。
「時にカレル………お前も、今日のようなことは今回限りにしてくれ」
「何のことでしょう」
「金糸伯の審査申請のことだ」
「―――事前に告知が欲しいと言うのでしたら、旦那様ももっと本邸にお帰りください。奥様がお嘆きでしたよ」
「………善処する」
「なんだアーダルヘイル。また最近泊り込みが続いてるのか?」
「新入りが元気が良すぎてですね……。他も相変わらずですし…」
他愛の無い会話が遠ざかり。
大評廷から人の気配が無くなった。



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